闘病日記(新潟信愛病院編)

2003 6/29


2003年6月29日(日曜日)
今日で入院生活が丸一週間経つ事になる。 今この日記を書いていてふっと気が付いたけれど、
亀田の柿の種の袋に4と言う数字は何故か病院とかでは使われないケースが多いらしい事が書いてあった。
でも僕の入院病棟は4病棟。どう言うこと?
明日医者に言って病棟変えてもらおうかと真剣に考えてしまっている僕だったりして。

今日の出来事としては大きな出来事は無いけれど、今まだ夜の7時前なのに不安時の薬
(頓服と注射の両方)を処方してもらってしまった。
だから寝るまでの間に不安や寂しさや恐怖的な出来事が起きなければいいのだけれど、
もしもそう言う感情が起きてしまっても処方される薬が無い!!
だからそう言った意味で今かなり不安な状態で日記を書いてます。

 ちなみに今日は7病棟と8病棟の患者に会った。
基本的に病院内は閉鎖病棟以外は出入りが自由と言う事になっている。
だから僕は7病棟8病棟のある建物のサロン(談話室)に行ってみた。別に特に理由は無かったけれど、
行けない理由も無かったので行ってみた。

7病棟8病棟と言うのは建物も綺麗で新しく割と症状の軽くて若い人達が多い病棟なのだけれど、
僕のように違う病棟の人を受け入れてくれ難い感じがある人達が居る。
けれど僕は堂々とそのサロンのど真ん中で、
ヘルマンヘッセの車輪の下を読みながらタバコを吸っていた。
みんな何も言わないが白い目でジロジロ4病棟の俺の事を見ていやがったが。

けれど俺は決し絶対に逃げなかった!!
くだらない派閥なんてモノは俺にとってはくそったれさ。
枠があるのならばはみ出してやる! 規則があるのなら破ってやる。
駄目だね。全然成長していない僕でした。

〜僕はここに居ても良いのですか?
 僕はみんなに迷惑を掛けてませんか?
 僕はまた誰かを傷付けてしまっていませんか?
 寂しいです とっても淋しいです でも誰も凍えて居る僕を抱きしめてくれません
 白衣を着た天使は言いました それではこれでも打ちましょうか?・・・〜